昭和20年(1945年)8月6日に投下された1発の原子爆弾により、広島の街は、一瞬にして廃墟と化し、多数の人々の尊い生命が失われました。
中でも、とりわけ、悲惨に思われますのは、真夏のさ中、建物疎開の跡片付け等のため、動員されて働いていたおびただしい数の少年少女――学徒の無残な死でした。
最愛のわが子を亡くした遺族の嘆き悲しみは、どんなに深かったことでしょう。特に、母親の嘆き悲しみは、いかばかりかと思いますが、それを和歌に詠まれた方もいらっしゃいました。
本曲は、これらの和歌に、私が、これを世の人々に、より一層強力にアピールしようとして、曲をつけさせていただいたものです。
原爆の惨禍を体験した私たちは、原爆から受けたその深い悲しみを世の人々に訴えるとともに、それが深ければ深いほど、より一層、このような悲劇が2度と起きない――核兵器は、勿論、戦争のない――絶対平和の世の中を、心から強く願望している‥‥この思いを、世の人々に訴え、知ってもらわなくてはなりません。
そこで、私は、前奏と4番の歌詞を補作いたしました。
本曲は、原爆で、突然かわいいわが子を失って慟哭する3人の母親のやるせない嘆き悲しみが、切々と私たちの心に深くしみわたります。この悲しみは、いつまでも、決して消えることはないでしょう。
しかし、曲の終わりでは、現今の平和が沢山の尊い命を礎として築かれたものであることを自覚して、明日に向かって、みんなで、この平和を守りぬくことを誓うとともに、犠牲者の霊の冥福と、永遠の平和を願って祈りをささげながら、壮大な合唱により、荘厳に曲を閉じます。